30級〜5級まで



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囲碁勉強法をご覧になっていただきありがとうございます。
ここでは簡潔ですが管理人こと手話が囲碁を始めた切欠やどうやって囲碁を勉強してきたのかについて記してみようかと思います。





囲碁との出会い

私の囲碁人生は学生の頃ヒカルの碁という漫画を見たことから始まります。

さて、みなさんは囲碁というゲームにどのような印象をお持ちでしょうか。


囲碁といえば偏差値の高い学校に通う優秀な学生が行うゲームというイメージが私にはありました。

当時の私はそんなイメージとは正反対でどちらかというと不良と呼ばれるグループに属している人間だったのです。

髪は赤毛でヘアピンで前髪を留めボン短(当時そう言われていたズボン)を穿いたわかりやすいタイプの不良とでもいうのでしょうか、とにかくそういった振る舞いがカッコいいとされていた学校だったのを覚えています。

私の通っていた高校は世間で言うワルばかりでクラスには留年した先輩がおり主にその人が方向性というか進むべき道?を決めていたのですがあるときその先輩がゴミ捨て場から拾ってきた漫画が人気作品としてあった『ヒカルの碁』なのです。

人生の黒歴史をさらしてしまいましたが私の言いたいことはこういった人間でも考え方を変えれば碁会所の8段位にはなれますヨっ!ていうことです、一方で5、60年囲碁一筋でやってきたのに万年初段というような人も数え切れないほど見てきました。

彼らはプライドが高く人の言うことに聞く耳を持たないため負けると必ず言い訳をします、コレの繰り返しですから強くなれるはずありません。

私自身も常に学ぶ気持ちだけは失わないようにしたいと考えています。



無理手を打たれる日々

さてさて、そういうわけで私自身30級の頃は主にヒカルの碁を読むだけでルールを覚えようなんて気持ちはありませんでした。読み終わったころ自然と身についてたような感じですね。

その後saiが打っていたためかかっこよく見えた秀策のコスミを覚えたり近所のおじいさんと対局したりしてとにかく実戦をこなしました。

私は18級で打っていたのですがこのレベルの方々は過小評価をする人も多くなかなか17級にあがれませんでした。

また石の筋が悪く相手にハメ手をたくさん打たれたのもこの時期です、今思うとあれはハメ手ではなく無理手だったんだと思います。

これでは自分の筋まで悪くなってしまうと考えた私は近くの碁会所へ行き一から技術を学びました。

5級までは難なくあがっていけましたがこのあたりに第一の壁とでも言うのでしょうか、それは後に考え方の変え方で徐々に突破できたことなのですがそれについては次回に書こうと思います。





 
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